できねー
3月の中盤までこんな感じかも。

やっとドキュメンタリーの流れができた。
インタビューメインの構成で絵の変化が乏しくなることと、対象のヒューマニティの表現が薄れることを懸念してたけど、全体を繋いでみたらなかなかうまいこといった。
にしてもやはり尺が厳しい。どうしてもオーバーしてしまう。
だいたいテレビで流すわけでもないんだし尺の縛りがあること自体疑問で仕方ない。
どう考えても評価する人の都合に合わせている。
そりゃ決まった尺に合わせて構成することも一般的な制作において大切な能力だとは思うが、そこを伸ばすのがこの卒研の本質ではない(はず。これまでの話を聞いた限り)
さらに映像のほかに論文も書くわけだけど、労力と時間をかける割合は圧倒的に映像のが大きい。にもかかわらず評価においては論文しか対象にならない事も矛盾しすぎている。
ちなみにこれは担当教授が決めた事ではなく大学のルール。
以前教授も大学側と交渉してみたらしく、この卒研の特異性もあって発表方法に関しての譲歩はしてもらえたものの後はルールだからの一点張りだったらしい。
いいドキュメンタリー作ることが目的なのに、大学のシステムがそれを阻害しているようじゃどうしようもない。
まったくどこもここもおえらいさん達は頭が固すぎる。調査してた官僚みたいじゃないかっ。
あぁもぉしょーもない!
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さて、ちょっと冷静になってそれとは全く別のこと。
友達に教えてもらったLast.fmとItunesのGeniusが凄い。
これ併用して似たテイストの曲で固めたプレイリストがめっちゃ簡単に作れる。
Last.fmは知らない曲の開拓に、Geniusはライブラリにためた曲の発掘にと役割分担できてるのもいい。
ただGeniusは対応してない曲が結構あってイマイチな感じ。
まぁでも自動でかなりいい感じのプレイリストができるから凄く助かる。
卒研もそれなりに進めたから、明日は作ったプレイリストをipodに突っ込んでABCに本買いにでも行ってこようと思う。

「メメント」 森達也
前回の続き。
やっと読み終わった。
やっぱりこのスカッとしない感じがいい。
読み終わった後にいろんなことが頭の中をぐるぐる回ってるような感じ。
ただ、なんか以前の著書と微妙に雰囲気が違う。寓意的な章が多い。
本当は間接話法にしたいのだ。メタファーを紡ぎたい。意味を訊ねられたならば、會川のようにとぼけたい。なぜならそのほうが人の心に届く。
―広島での出会い。そろそろ区切り!?
メタフォリカルな表現が多いのは本人の意向らしい。
メメント(1)にて欠落について引用したが、メタファーも本来の意味との繋がりを欠落させることで相手の想像力を喚起させていると見れば、欠落というものが表現において重要な要素のように思えてきた。
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また、それとは別にこんな話が載っていた。
高等動物の細胞はテロメアのメカニズムからは逃れられない。でも例外が二つだけある。そのひとつは生殖細胞。つまり精子と卵子だ。(中略)生殖細胞はテロメアを修復する。このとき使われるのがテロメラーゼという酵素だ。(中略)ガン細胞もテロメラーゼを持っている。だから無限に増殖する。
―生体の中で交錯する様々な生と死
死は多くの人間にとって避けるべきもののはずなのに、テロメアによって死が生まれた時からプログラムされている(まだ未解明の部分が多いようだが)というのはどうもすんなり納得できるものではない。
単細胞生物はテロメアが無く理論上永遠に分裂し続けるらしいが、人間の死を細胞の死と定義した場合には、生殖細胞が代々受け継がれ続けていることを考えれば、極論だけど人類が滅亡しない限りかすかでも生き続けると考えることもできる。
でもそんな考えはなんというか人間らしくない。
個人的には、自分以外の誰かが自分の死を認識した時がいわゆる自分の「死」なんじゃないかと思う。なんとなくだけど。
そんな考えのが人間っぽいと思う。
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・・・あーもなんか無駄に重くなってんな。
いわばアポトーシスやネクローシスは、全体のための個の死ということになる。(中略)個々の身体の中には、様々な死と生とが目まぐるしく交錯している。
―生体の中で交錯する様々な生と死
結局何が言いたいかって生きるとか死ぬとかって雲をつかむような話だけど、実はすごく身近なとこにあったってこと。
「驚異の小宇宙・人体」ってNHKの番組があったけど、まさしく宇宙みたいなもんだと思う。
分からないことだらけだけど、それが面白い。

卒研の取材のために京都に行ってきた。
昼に着いてその夜取材、でそのまま始発で帰るってスケジュール。
旅費は 自 腹 だ っ た ので、意地でも京都っぽいとこ見ておこうと思った。
2時頃京都に着いた直後に駅の外観と町並みをぱっぱと撮って早速観光に向かうことに。
幸い日中は晴れてたので6時前くらいまでフラフラできた。
やっぱり携帯のカメラじゃ限界あるな・・・
んま短い時間だったけど結構満喫できた。
その後の取材も詳しくは書かないけどうまくいったと思う。
うまくいったとか言うとさも自分がきちんとコントロールしたかのように聞こえるけど、実際は取材した方が終始引っ張ってくれた結果だった。
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タイトめのスケジュールだったけど、帰りの新幹線の中では疲労感より充足感のほうが圧倒的に強かった。